非認知能力と幼児教育の有益性
今日は非認知能力と幼児教育の有益性ついて書いてみようと思います。
一口に教育といってもその種類は様々あります。
その教育を受ける年齢や時期の名称を取ったものをあげるだけでも、乳児教育・幼児教育・小学校教育・中学校教育・高等学校教育・大学教育・生涯教育などがあります。
そうした教育を受けるなかで人が獲得する能力のうち、近年注目されているものに『非認知能力』と呼ばれるものがあります。
これは非認知、つまり学力や偏差値などの数字化できて可視化できるものではなく、「忍耐力がある」とか「社会性がある」とか「意欲的である」といった、人間の気質や性格的な特徴のようなものを指し、可視化するのが非常に難しい能力を指します。
そもそも、記憶力・論理的思考力などペーパーテストやIQテストなどで計測できる認知能力が高いに越したことはありません。
しかしながら、子どもが年齢を重ねて社会に出た時に必要とされてくるのは、認知能力よりも非認知能力であるケースが圧倒的に多いのです。
非認知能力とは、先にあげたものの他に、「自信の強さ」「立ち直りの早さ」「協調性」「好奇心の強さ」「誠実さ」など様々存在し、これは社会に出たことがある人や部活動など集団、組織生活を経験したことがある人はこれらの能力が高いに越したことがないと直感的にも分かる気がします。
そして、これらの気質や能力を獲得するのに最も効率的な時期は幼児期であると近年の研究で明らかになってきたようです。
非認知能力は人から学び、獲得するものも多くあり、それらを鍛える手段として部活動や課外活動、生徒会、社会貢献活動、奉仕活動などが学校教育で行われているのです。
しかし、人の気質は若ければ若いうちに影響を強く受けそうだというのは想像に難くないのではないでしょうか?
つまり、学校教育でもちろん培うことができる非認知能力ですが、それらの能力をより高く獲得できている子どもへ育てたければ、質の高い幼児教育を受けられる環境が必要なのです。
現状も、幼稚園や保育園などがあり、そこでしっかりとした教育が行われているとは思います。
ですが、まずは幼児期の教育が子どもたちの後の人生において重要であるという認識を持ち、その環境をより充実させていくことが社会的に非常に有益であると考えられています。
そして、どんな幼児教育がより非認知能力を伸ばせるのか?
これは現在まだまだ検討・思案中ですが、鍵はスポーツや音楽、芸術、アウトドアなどの活動を科学的に取り入れたものだと考えています。
そして、自分はどんな教育を子どもたちに提供したいのか、これからもっと具体的にしなければいけない私自身の課題ではあります。
ただ、日々前進しているので、今後も活動的に動いていけたらと思ってます。
本日はこのへんで。
大久保長安について
今日は八王子市にゆかりのある偉人である、大久保長安について書いてみようと思います。
大久保長安(ながやす/ちょうあん)は1500年代、戦国時代から江戸時代初期を生きた武将である。
猿楽師の次男として生まれ、縁あって家族ともども武田信玄お抱えの猿楽師として仕えるようになる。
家族の中で長安は信玄にその力量を見出され、猿楽師ではなく家臣として登用された。
武田信玄没後は、その子勝頼に仕えるが、1582年に織田信長・徳川家康連合軍の侵攻(甲州征討)によって武田家は滅亡する。
武田家が滅んだ後、長安は徳川家康にその才覚を見出され家臣として仕えるようになる。
長安が八王子に縁を持つようになるのは、家康の家臣時代のことである。
1591年に長安は家康から武蔵国八王子を与えられ、八王子に入る。八王子に入った長安は陣屋を置き、宿場の発展に努め、浅川の堤防工事を行った。
また、八王子の街整備を行い、甲州街道の整備や八王子千人同心という下級武士組織も管轄した。
この八王子千人同心は関ヶ原の戦いへの参陣や交代で日光東照宮を警備する日光勤番など多面で活躍した。
この日光勤番などの縁から現在八王子市は日光市と姉妹都市を締結している。
また、石見銀山と伊豆金山の奉行、佐渡の代官として各地の金銀山の増産に成果をあげ、その才能を発揮した。
その死後、家康に生前の不正の疑いをかけられ、財産は没収、残された子供7人も死罪となってしまいました。家康の疑いが真実だったかは明らかになっておらず、長安の優れた才能、全国各地の鉱山開発等で蓄えた多くの財産、キリシタンとの接近が家康の疑念を生み、また恐れさせたという説もある。
大久保長安は学校の教科書などで強く取り上げられるような人物までいってはないかもしれないが、八王子に大きく貢献した偉人であることは間違いない。
先人たちに感謝して、日々を過ごしていきたいと思う今日このごろである。
劣等感をバネに
僕は周りの人と比較しがちな傾向がある。
同世代の友人と比較し「あいつは年収が〇〇〇で自分よりも稼いでいて羨ましい」とか「結婚をして子どもが生まれて家庭を築いている」とか思ったりすることがある。
しかし、本当に自分は何を望んでいるか深堀りし、それを言葉にできるようにすることが重要な気がする。
周りと比較し、劣等感を感じたとしても、それ自体は悪いことではないと思う。
もし、劣等感を感じた内容を自分自信も達成したいと望むのならば、その劣等感を克服するために健全な努力を続けていく必要があるんだと思う。
例えば、年収を上げたいと心の底から望むならば、得意分野の能力を伸ばしていくとか新たな能力を開発するとか、よりお金を稼げる環境にキャリアチェンジするなどとかが月並みではあるが考えられるだろう。
でも、そのことについて本当に心の底から望んでいる訳ではない場合だってあると思う。周りと比べてなんとなくそんな気がしているとかだってあると思う。今は一歩踏み出す状態ではない時だってあると思う。
だからこそ、大事なことは自分自身の心と向き合い、深堀りして、望みを明らかにしていくことなんじゃないかと思う。
そして、明らかになった望みを叶えるために1歩1歩努力していくことが必要なんだと思う。
僕自身は「集中力を高めていい仕事ができるようにしていきたい」とか「簡単には折れない体力をつけたい」とかが望みで、そしてその先に「困っている人を助けられるサービスに従事したり開発したりして年収を上げていきたい」とかを望んでいる。
しかしながら、これらを達成していくための能力は寝て起きたらすぐ開発されているとか向上しているとかはなく、1歩1歩時間をかけて鍛えていくしかないんだと思う。
そのために、脳と体を鍛えていきたいし、体を動かして余計なことを考えなくていい時間を作ったりしている。1つ色んな人に伝えたいこととしては、トレーニングをする中で脳からゴミを出すイメージで呼吸をたくさんしながら、ストレッチをしたり筋力トレーニングをするようにしている。
努力と聞くと辛いイメージが先行してしまうが、望みを叶えていくためには必要なんだと思う。その一方で、無理をしてつぶれてしまってはもったいないし、そのバランスを取るのが難しい。だからこそ、長い時間をかけながら腹を据えて無理のない範囲で進めていくことが大事なんだと思う。焦ってはいけない。時間をかけて1歩ずつ。
精神疾患に悩まされ、運動に力をいれたことで分かってきたこと
僕は8年前の2016年に体調を崩し、統合失調症と診断されました。
家族の勧めで精神科を受診し、病気と診断されましたが、自分がメンタルの病気で、定期的に病院に通院して薬を服薬しつづける現実を受け入れるまでに長いこと時間がかかりました。
そもそも統合失調症はどんな病気かというと、脳の様々な働きをまとめることが難しくなるために、陽性症状として幻覚や妄想、陰性症状として抑うつや無気力、引きこもりなどの症状が起こる病気とされていて、その原因は脳の機能にあると考えられています。
僕自身は幻覚や妄想などについては薬を服用し始めて、ほとんど悩まされることはありませんでしたが、抑うつや無気力については長いこと悩まされました。
僕は現在、とある自治体の非常勤職員と障害者福祉施設の生活支援員のダブルワークをしており、週35時間の仕事をすることができています。
無気力に悩まされ、働くことができない時期もありましたが、今は自分の状態にある程度の自信が持てるようになってきました。
無気力を改善し、状態をよくするために取り組んだこと。
それは「運動」です。
アンデシュ・ハンセンというスウェーデン出身の精神科医が書いた『運動脳』という本によれば、「身体を動かすことほど、脳に影響をおよぼすものはない」といいます。
実際に運動することで脳内物質であるドーパミンの分泌量が増え、集中力が増すなど脳に良い影響を与えます。
ほかにも前頭葉の働きが活発になることやここでは書ききれないほどの良い影響を運動は脳に与えるとされています。
実際に僕はジムでのストレッチと筋力トレーニングに取り組みました。
ストレッチ(20分)→マシンを使った筋トレ(50分)→ストレッチ(20分)の流れで約1時間30分、週3日~週1日の頻度で、丸2年継続しています。
継続は力なりとはよく聞きますが、運動を継続してきたことで、ジワジワと自分の集中力や思考力、行動力など様々なことが改善されていくことを実感しています。
もし、今、僕と同じように精神疾患などに悩んでいる人で、たまたまこのブログを読んでくれたならば、是非運動に取り組んでみてほしいです。
すぐに目に見える成果が出るとは言えませんが、コツコツ続ける中で、症状が改善されていく可能性が大いにあります。
最初は強度の軽い散歩からなどでもいいと思います。
運動を続けていくことで、体力がついたり、体重が落ちて物理的に体が軽くなったりなどの効果も期待できます。
是非、今悩まれていることが少しでも軽くなることを願っています。